【活性化対策】空き家・空き地の利活用3年ぶりに復活した「氷川台農園」♪

    空き家・空き地の利活用で地域コミュニティの醸成に大きく寄与した“氷川台農園”が宅地化により消滅していた「氷川台農園の名前」が三年ぶりに復活した。

2010年から空き家だった家屋が解体された跡地は宅地として売却され、この都度、購入者の厚意で住宅建設までの間、自治会で借り受け農園として活用することになった。

三年ぶりに復活した「氷川台農園」

空き家だった時の状態
 2010年から空き家になっていた住宅は雑草が繁茂し、防災・防犯面や住宅地の環境面でも悪影響を及ぼしていた。

空き家時代の現況

2回/年 自治会会員が繁茂した雑草を刈り取り管理してきた。

持ち主と協議して自治会が管理していた時の空き家状況

 2011年当時、氷川台地域では転居に伴う空き家・空き地が増えており、災害時における被害の拡大や、犯罪の温床となることが懸念されていた。それに対して、空き家・空き地を地域の資源として捉え、空き家の庭を農園として管理し、野菜の直売所としても利用するだけでなく、様々なイベントに利用して、空き家がもたらす悪影響を未然に防ぐだけでなく、“ふれあいの場”として地域を活性化することに2012年から着手した。

【第1農園の変遷】

2012年5月、空き家の持ち主から空き家の管理をする変わりに無償で借り受け、庭を農園に 変えて様々な野菜栽培に着手。

2017年8月に閉園となった第1農園は宅地開発分譲地となる。

2019年には2棟の注文住宅が建設され、新規入居者は自治会に入会し氷川台での生活を楽しんでいる。

 【第3農園の変遷】

【状況―1】
2011年9月21日午後に関東地方を通過した台風15号の強風で空き家のトタン屋根の一部が剥離。 近隣に飛散した。

【状況―2】
空き家の持ち主に連絡し、対策を依頼したところ家屋を解体される。

【状況―3】
家屋は解体され更地と化す。

【状況―4】
更地は放置されたため雑草が繁茂し近隣住民から苦情が出だす。

【状況―4】
空き地の管理を無償で行う代わりに自治会で活用する承諾を得る。

【状況―5】
土地の利活用について会員にアンケート調査の結果「氷川台第3農園」として活用する。

【状況―6】
農園ではジャガイモ等を栽培し、子ども芋ほり大会を毎年開催してコミュニティの場となり、若者世代を地域に呼び込む切っ掛けになった。

【状況―7】
2017年8月に持ち主の要請で返却した農園は宅地分譲物件に変わる。

【状況―8】
第3農園跡地には2棟の建売住宅が建設され、1棟は購入者が決まり自治会に加入。
残り1棟は現在販売中。

 2012年5月から、自治会内に点在する空き家の庭や空き地を農園として管理し、野菜を栽培し無人販売として利用するだけでなく、子ども芋ほり大会等の様々なイベントに利用することで、空き家・空き地がもたらす悪影響を未然に防ぐだけでなく“ふれあいの場”としてコミュニティを活性化させてきた氷川台農園も惜しまれながら全て2018年に閉園となり宅地に変わった。
 “誰もが住み慣れた場所で、安心して楽しく暮らし続けたい”と思う願望を現実にするにはどうすれば良いだろうか。が氷川台自治会の活動の原点。

 昭和30年初頭に開発された氷川台の地に都心に勤めるホワイトカラー族が移り住み、数々の“郊外神話”を生み出した先住民も後期高齢者の末期に近づき、第2世代も定年後氷川台にひきこもり後期高齢者世代の中心となり、第3世代への世代交代の時期を迎えている。第3世代のライフスタイルは親の世代と大きく異なり共働き世代が多くなると思われる。
 今後も世代交代とともに、転居等による転売や大規模宅地の小規模開発により自治会世帯数も20~30世帯は増加すると思われます。多分、氷川台地区が住宅地としての評判を維持できるなら、今後も若者世代が移り住んで若返りがはかれるものと思う。

1棟の空き家は解体され2区画に分割され住宅建設が進む。

宅地として分譲されている。

 一方、高齢化率34%弱の現状から推察すると、超高齢化住宅地域の名誉ある冠は当分拭えそうにないが、開発時から住み続ける先住民一族と新規入居の若者世代が仲良く暮らす地域になっているものと思う。その為にも、現在進めている自治会活性化への取組みや高齢者対策を遅滞なく進め、介護移住の心配をしなくても良い「地域の支え合い」を大事にする自治会でありたいと思う。

                           氷川台自治会