【いきいき倶楽部】「ぶらり街歩きの会」第1弾「谷中めぐり」ガイド付き散策♪

    今年4月に「氷川台自治会いきいき倶楽部」が発足し、「昼食会」「夕涼み会企画参加」「ゲートボールクラブ立ち上げ」「ハイキング会」等々順調に活動しています。そして、新企画「ぶらり街歩き」第1弾「谷中めぐり」が11月14日、実施されました。

   「ぶらり街歩き」は、氷川台を飛び出して、会員の興味を引くような街を、ぶらりと歩こうというもので、その第1弾として、「谷中めぐり」が選ばれました。企画は米澤・西村両世話人です。
9時過ぎに東久留米駅に集合した8名の参加者は、自己紹介をして、そして出発です。

 池袋で山手線に乗り換え、日暮里へ。日暮里駅でガイドさんと合流します。

NPO法人「東京シティガイドクラブ」谷中エリア担当のガイドさん、地図を配り今日の案内コースを説明してくれます

ガイドさんを先頭に、街歩き開始です

老舗のせんべい屋の前を通ります

    谷中は、江戸期には寺町として多くの寺院がありました。それは現在にも残され、何軒もの寺院が並んでいます。まずは、本行寺⇒経王寺⇒天王寺の順に巡ります。本行寺は「月見寺」とも呼ばれ、江戸時代の景勝地であり、古くは戦国時代、太田道灌の物見塚がありました。
   隣接の経王寺の門扉には、慶応4年(1868)の上野戦争で敗走した彰義隊兵士がかくまわれ、新政府軍に打ち込まれた銃弾の跡が、貫通した穴として残っていました。

 いったん寺町を離れ、狭い路地に入ります。「初音小路」の看板がありました。小料理屋や居酒屋が並び、人と人がすれ違うのに苦労するほどですが、屋根のついたアーケード風のこの路地は、知る人の多い人気のスポットだそうです。目的地へは少し遠回りのようですが、こちらのほうが楽しいでしょうと、ガイドさんが案内してくれました。この先もさらに曲がりくねった路地が続きました。

 路地を抜け、幸田露伴の旧宅跡を経て、天王寺へ。この寺は、幸田露伴の小説「五重塔」のモデルとなった五重塔が建っていたことで有名です。塔はその後心中事件で焼失してしまいました。また、天王寺は、現在の宝くじに当たる「富くじ」の興行(公開抽選会)が行われたことでも有名です。大きな興行は3か所あり、「江戸の三富」と呼ばれたうちの1か所です。

 明治期になり、10万㎡の境内敷地が政府に接収されて「谷中墓地」となり、その後、都営の「谷中霊園」となりました。

谷中霊園を散策

 

 霊園は、開園以来150年に及ぶため、歴史に名を刻んだ人々の墓が多くあり、そのいくつかを案内・解説してもらいます。それは、徳川第15代将軍慶喜・渋沢栄一・横山大観・鳩山一郎等々。
 霊園を出ると観音寺の「築地塀」に突き当たります。40mに及ぶこの塀は、幕末に築造されたそうで、都内にこれほどの規模で現存しているのは珍しいそうで、「寺町谷中」のシンボルの一つとして、台東区の「まちかど賞」を受賞し、現在は国指定文化財となっています。

 築地塀を過ぎると「朝倉彫塑館」の前へ、残念ながらこの日は休館日でしたが、ここは、明治から昭和にかけて活躍し、「日本のロダン」といわれた、彫刻家・朝倉文夫の住居・アトリエで、建物は国指定名勝・重要文化財に指定されています。もちろん、朝倉文夫の作品や遺品を展示する美術館でもあります。

屋根の上にも作品が

 少し進んで、「夕やけだんだん」に到着。坂にある40段ほどの階段は、夕焼けの絶景ポイントだということで、一般公募で「夕やけだんだん」の名になったそうです。

「夕やけだんだん」上で記念撮影、この後ろに夕焼けが映えますが、まだ昼なので残念

「夕やけだんだん」下でも記念撮影

 「夕やけだんだん」を降りると、そこは「谷中ぎんざ」です。100mほどの通りは、観光客でにぎわっていました。

 「谷中ぎんざ」を抜けると、そこは千駄木です。ここで、3時間を超える散策は終了です。

四川料理の名店「天外天」で昼食、帰途につきました

 散策を終わって、参加者の皆さんは、「プロのガイドさんの解説は、説明板に書いてないエピソードなどを話してくれて、興味深く見学できました」と、感想を漏らしました。それに意を強くした担当世話人には、次の企画が浮かんできているようでした。

                             氷川台自治会