【地域コミュニティ】自治会活動の充実と地域コミュニティの活性化を!

     11月20日(水)三郷市町会長等視察研修会を東久留米市役所会議室で開催しました。視察目的は
  ・自治会の活性化に向けたさまざまな先進的な取り組みについて
  ・会員同士の温かいふれあいのあるコミュニティづくりについて
  ・世代間交流の取り組みについて
   氷川台自治会の活動状況等を三郷市町会長等63名と三郷市市民生活部職員4名が視察研修に見えました。
 三郷市は、秋葉原からの直通電車駅の開業で都心から30分弱で行き来できるようになり、全国的に高齢者が増えている中、若者世代の人口が増加しています。平成30年の人口は約140,000、約63,000世帯、町会自治会数127、加入率78%弱(東久留米市36%弱)で一戸建ての多い町会等とマンション等の集合住宅が多い地域が混在し、地域により現状が大きく違い抱える問題が異なる特徴があります。

 

 三郷市町会長等視察研修会実行委員会では、町会長等(町会長・自治会長・理事長)を対象として、自治会活動の充実及び地域社会の活性化を図ることを目的に視察研修会を毎年実施しておられます。平成15年以降だけでも、視察研修先は関東一円はもとより関越・東北地方までおよび、それぞれの地域活動の先進事例の視察研修を繰り返しておられます。
 今年度は、「平成28年度ふるさとづくり大賞」団体賞(総務大臣賞)、平成30年度あしたのまち くらしづくり活動賞」内閣総理大臣賞を受賞した氷川台自治会を視察研修先に選定されました。

市役所会議室は70名弱の参加者で一杯になりました。

   研修では「温かいふれあいのあるコミュニティを求めて」~氷川台自治会のまちづくり~ と題して殿田顧問がパワーポイントを使って活動事例を紹介しました。

講演を終えて記念撮影

                                                                                   氷川台自治会

【安心・安全対策】「第7回要援護者支援避難訓練」を実施! 災害に負けない「地域の支え合い助け合い」♪

   11月17日(日)、今回も晴天に恵まれ、「第7回要援護者支援避難訓練」が氷川台自治会の本拠地「小山台遊園」を主会場(避難所)に、自治会内全体を訓練場として実施されました。総参加者は180人超。

毎回の「避難訓練」においては、その都度、訓練終了後の反省会で問題点を抽出し、訓練内容の改善と訓練参加者のモチベーション維持に努めてきました。その結果「見る」が中心⇒「参加」が中心⇒「実戦」に即した全員参加型訓練に進化してきています。

訓練開始1時間前、防災会役員の最終打ち合わせと準備

9時、「発災告知」、自治会内5区画にハンドスピーカーでサイレンを鳴らし、発災を告知し、避難を呼び掛けます

   「FMひがしくるめ」との提携で「緊急告知ラジオ」を導入、今年度は110世帯に貸与(3年計画で全世帯に貸与予定)、全会員の60%をカバーしました。この「緊急ラジオ」を、昨年に続いて避難訓練に導入、緊急一斉放送による発災の告知をしました。今回も、訓練会場で大型スピーカーに接続してこの放送が流されました。

今年度、新たに購入した、ワイヤレススピーカー

ハンドスピーカー・緊急告知ラジオを聞いて、自治会員が続々と避難してきます。受付では名前・被災状況の聞き取りをします。

受付には、訓練の進行表等が掲示されます

避難者が集まった会場では9時30分、「本部」立ち上げと同時に本部長による開会宣言がなされます。

司会・進行の前田防災会長

本部長に就いた林自治会長による開会宣言

 3日前、秋の火災予防運動に伴う火災予防協力者の表彰があり、当自治会は、東久留米消防署より、感謝状をいただきました。開会宣言に続く挨拶で、林会長からそのお披露目があり、会場に感謝状が掲げられました。

毎回参加してくれ並木市長(右)・富田市議会議長(中)もかけつけてくれました。自治会殿田顧問(左)と談笑

要援護者避難支援委員会のメンバーとして、市・防災防犯課(左・中)と社会福祉協議会が協働

東久留米消防署からは消防車と機材運搬車で参加、観察・助言をしてくれます

 いよいよ訓練の開始です。安否確認係が集合し、要援護者の名簿兼地図・トランシーバーを受け取り、確認方法を打合せし、それぞれの持ち場へ出発します。

 安否確認隊は要援護者90名の名簿地図を手に避難している会員を除く家々を回り、無事であるとの目印「安否確認黄色旗」をチェックします。避難所に来られない会員は、黄色旗を掲げるという形で訓練に参加します。今回、黄色旗の掲示率は60%超です。そして、旗の出ていない家には声掛けをして安否の確認をします。異変があれば、トランシーバーで本部に報告します。

社会福祉協議会の職員も同行します

安否確認黄色旗の掲示

安否確認黄色旗が見つからなかった会員は、タオルで代用しています

安否確認の状況を、トランシーバーで本部に報告

会場ではその音声をスピーカーから流し、参加者に聞いてもらいます

この間、会場では防災資機材の紹介と使用体験が行われます。

担架リヤカーは、まずけが人を担架に乗せ、その担架を専用のリヤカーにセットします

 担架リヤカーに乗せたけが人は、防災協定を結んでいるライフパートナーこぶしへ搬送します。道路に出ると、安否確認で見つけた別の被災者を車いすで避難所に移送する一行とすれ違います。

ライフパートナーこぶしに到着、収容してもらいます

そして、担架リヤカーは、ライフパートナーこぶしのけが人を避難所に運びます。

会場では車いす体験、指導は会員、いきいき倶楽部榎本代表が体験します

会場奥では炊き出し班が公開でトン汁の調理、アルファ米非常食もここでつくります

市が遊園に設置したかまどベンチから取り出したかまどに大鍋を掛けます。七輪も加勢して湯を沸かします。前回の訓練から、炊き出しも公開します

恒例、非常食クッキング実演コーナーでは会員の馬場さんが新たなレシピを紹介、多くの会員が試食し、評判も上々です

 自治会では今年度、AEDを購入し、自治会館に設置、合わせて訓練用AEDも購入しました。自治会の中心にAEDがおかれ、緊急時使用の時間短縮が図られました。

毎回実施の「心肺蘇生・AED」体験は、マイクを通し、AEDの手順音声がスピーカーで流されます

災害時に最も深刻な問題となるトイレは、マンホールトイレの展示とワンタッチトイレを用いての簡易凝固剤の使用体験です。

あっという間に固まります、疑似液なので、手のひらに乗せて間近に見てもらいます

災害時のトイレ問題は、会員にも関心が高く、多くの会員が取り囲みました

 氷川台自治会にとって最も恐るべき災害は火災です。市設置の消火器に自治会でそろえた消火器を加え、自治会内に30基の消火器を設置してあります。訓練ではそのうち6基を素早く集め、消火器訓練を行います。

春の防災訓練でも実施し、ほぼ年2回の体験で、会員の皆さんも、かなり手馴れて、スムースに運びます

 火災の消火に威力を発揮するスタンドパイプの訓練は、今回は摸擬消火栓を使って行いました。これも会員の関心は高く、多くの会員に取り囲まれました。

小山台遊園の地下には防火水槽がありますが、機器がないと利用できません。自治会では2年前にD級ポンプを導入し、汲み上げ・放水の訓練をしています。重い蓋を開けポンプにつないだホースから放水します。

放水できる場所がないので、水槽に放水して、水を戻します。

D級ポンプ、女性隊員も操作します

 全ての訓練が無事終了し、閉会では、東久留米消防署・新川出張所・大高所長の講評をいただきました。東久留米消防署からは10名の消防士の皆さんが参加、あらゆる訓練を見ていただき、そして、所長の講評では、今後に向けてのアドバイスをいただきました。

 閉会後のお楽しみ、炊き出しです。できたて豚汁の配給です。「うまい」「おかわり」の声が響きます。アルファ米の非常食はお土産として、この日の昼食になります。

お土産のアルファ米とは別に、豚汁と一緒に食べられるよう、アルファ米のおにぎりが作られます。まさに炊き出しの実践です

大鍋2つにいっぱいの豚汁が配られます

豚汁前の行列

お土産のアルファ米に加えて、参加賞として7年間保存可能のパンが配られます。

反省会

 氷川台自治会の避難訓練では、より実戦に近づけることに主眼を置き、「受付」「安否確認」「炊き出し」等で実験的に実施し、機材の操作では、出来るだけ会員が操作し、消防士にはアドバイスをもらうという方法にすでに移行しています。そして、多くの参加者を得て、会員同士の「横のつながり」がさらに深まり、災害に対する免疫力が高まります。そして、午後の反省会では、いくつもの反省点が出ましたが、次回に生かされるはずです。

                     氷川台自治会 

【地域コミュニティ】~自治会のまちづくり~課題解決への取り組み

    11月15日(金)東久留米市の隣の東村山市萩山公民館で氷川台自治会のまちづくり手法について講演を行いました。この講演は、萩山町の6自治会・町会(萩山中央自治会、萩山町西地区自治会、萩山町北部自治会、南萩会、西萩山町会、東萩山町会)の有志9名の方々が、自治会運営に当たっての問題や悩みを話し合う機会を持つために萩山町自治会協議会を結成され企画されたものです。「~自治会のまちづくり~課題解決への取り組み」と題した講演会は、萩山町会だけに留まらず、 渡辺市長を始めし市民協働課職員、市議会議員、自治会活性化委員会など幅広くから多数参加されました。

渡部 尚市長と殿田顧問

講演に先立ち挨拶される渡辺市長

 殿田顧問は「自分たちのまちは自分たちで創っていく」と題して、氷川台自治会が平成22年から9年間に亘り取り組んだ活動を紹介しました。特に萩山町自治会(6自治会・町会)共通の課題と寄せられた
1. 自治会員の高齢化、役員のなり手がない、少ない
2. 会長他役員の1年交代制の弊害
3. 若手の役員が少ない、働いている人は(土)(日)の活動に制約がある
4. 活動場所が少ない、会場確保に苦慮
5. 個人情報制約による高齢者把握に制約がある
等の課題に対して、氷川台自治会の取り組み手法と様々な活動事例を紹介しながら解決策を提案しました。

質疑応答では沢山の前向きの質問が出ました。

今回の講演会を企画された萩山町自治会(6自治会・町会)のメンバーが紹介されました。

    東村山市萩山町の6自治会(1,260世帯)が集まり始めた勉強会が、市の担当部署や社会福祉協議会・自治会活性化委員会なども巻き込んだ勉強会になった素晴らしい事例でした。萩山町自治会の皆さんは、行政に頼るだけでなく“自分たちで出来ることは自分たちやっていく”ことに一歩を踏み出されました。

                                                                                               氷川台自治会

東日本大震災復興支援】震災から8年7ヶ月“つながる”南三陸町歌津と氷川台自治会‼(その4)

【寄木漁港の漁師さんと氷川台自治会の8年間】

 1.氷川台自治会と寄木漁港の漁師の出会い
 2011年3月11日午後2時46分に発生した震度9の東日本大震災は、南三陸町歌津の寄木漁 港でワカメ・ホタテ・ホヤ等の養殖事業を中心に生計を立てていた漁師さんたちに壊滅的な被害 をもたしました。

震災後の2012年当時の寄木漁港
岸壁は壊れ土嚢を積んで浸食を防いでいます。漁港湾内に浮かぶ難を逃れた漁船が数隻係留されています。

 氷川台自治会は、震災直後地震被災者支援金として10万円を拠出しましたが、2010年4月に 会長に就任し、自ら先頭に立って自治会活性化に動き出した殿田会長(現・顧問)は、被災者を目 に見える形で支援できることはないかと支援先を模索していました。その時、南三陸町の寄木漁 港でワカメやホタテの養殖をしていて被害に遭った漁師さんが復興に動き出したとの情報を得て、氷川台自治会として支援をして行くことを決めました。

2.寄木漁港での作業支援活動
 2012年5月から具体的な支援活動に入り、最初に養殖ワカメの再開にこぎつけた漁師さん達 が育てた塩蔵ワカメの共同購入で65世帯の会員が協力しました。その年10月末に現地での作業支援ツアーの募集をし現地を始めて訪問しましたが、第1回目の参加者は4名のみでした。
      現地訪問した会員は、津波で養殖設備や漁具の殆どを流された漁師たちが懸命に復興に向けて戦う姿に触れ、また、自分たちが体験した過酷な労働環境に接し、冷たい海の仕事をする漁師さんたちのことを思い防寒着や冬物衣料などの拠出を自治会会員に訴え段ボール箱に詰めて送りました。その中で特に印象に残るのがお湯を入れるポットを要求されたことでした。聞くと、海の仕事で冷えた指先が痺れるためポットの中に手を入れて温めるとのことでした。改めて漁師さんの過酷な労働環境を思い知らされました。

 ① 2012年10月☞初めての作業支援訪問

20m上部に掛かっている漁具(ブイ)は津波高さを示しています。

世界各国から集まったボランティアと一緒にした作業は、養殖筏の重しに使う土嚢に砂利を詰める仕事でした。

② 2013年4月の作業支援

茎とメカブの分離作業

③ 2014年3月の作業支援

寄木漁港に漁船の数が増えてきました。

④ 2015年3月の作業支援

新設された荷揚げ用のクレーン前で記念撮影におさまる自治会会員

3.漁師さん家族の東京見物

  2014年10月に南三陸歌津寄木漁港で養殖ワカメ等の復興に励む漁師さん家族有志が氷川台自治会にやって来ました。漁師さん家族が氷川台の地を訪れるきっかけは、2014年3月に養殖ワカメ収穫支援活動で行ったとき、漁師の奥さん達との会話でした。“震災後1~2か月は何があっても、誰が亡くなったと聞いても涙も出なかった。思いだしたく無いけど忘れられない。毎日が必死で休まる時がない”の言葉に、“一度寄木を離れて東京に来なさいよ・・・”が、きっかけで実現しました。
 2011年を表す漢字は「絆」でした。復興へ向けて漁師さん達家族の絆、漁師さん同志の絆、被災者と支援者との絆によって漁師さん達も見違える様に明るく元気になって来ていました。漁師さん達の氷川台訪問で「絆」から「支え合い」へと変わってきました。慰め合い、助け合い、相談し合い、助言し合う仲間が増えたような気がしました。寄木の漁師さん達とは勿論、寄木の漁師が運んでくれた賢い縁で県外にも、都内にも、東久留米市内にも支え合う仲間が沢山出来ました。まさしく地域の枠を超えた「支え合い」のネットワークが出来ました。

2014年10月4日・ 16名の漁師さん家族が氷川台(グレゴリオの家)にやって来ました。

当時の様子を伝える読売新聞記事

氷川台を訪問してきた漁師さんたち (聖グレゴリオの家聖堂にて)

東京スカイツリー展望台から都内を眺める漁師さんたち

 以降、毎年漁の暇な時を見計らって氷川台自治会を拠点にして東京見物に見えています。昨年(2018年9月)は漁師さんたちと馴染みの深い築地場外市場と開場前の豊洲市場を案内しました。皆さん市場規模の大きさと設備の充実に驚かれていました。

過去に築地市場で取引されたマグロの中で、最も大きかったマグロの実物大模型(重さ499㎏、長さ2.88m)

巨大マグロの模型の前ではさすがの漁師さんも圧倒されていました。

4.震災から8年7ヶ月、寄木の今は

防集移転先団地で漁師さんたちの新しい生活が始まりました。

2011.3.11大津波の教訓を生かし、 寄木漁港から高台への避難通路(階段)も完成しました。

何事もなかったように波静かな寄木漁港には、8年の歳月と共に漁船の数が増えて活気が戻ってきつつあります。

 一方、震災の記憶や復興状況は忘れることなく語り継がれていこうとしています。

復興支援広報紙(令和元年㋆30日発行)通算第67号

記事内容】
震災から8年4か月が過ぎ、住宅再建がほぼ終了したと言うものの、歌津吉野沢仮設住宅には3世帯10名が暮らしている…

寄木地区は、寄木漁港水門から寄木川沿いに集落を形成していた集落であったが、46戸のうち35戸(約76%)が被災した。住宅再建は防集移転団地へ23戸。自力再建が9戸でほぼ終了…元の集落跡地にはポツンポツンと作業場が見える。
(支援先の歌津寄木地区の様子を伝える記事)

【3.11 南三陸歌津】(B5版・76P・800円+税)

歌津地区で震災に遭われた8名の方が、大津波が襲ってきた当時の状況や避難の様子、家族の安否確認、救助の手が届いた時の様子が生々しく語られて収録されています。

  2011年3月11日に発生した東日本大震災の復興支援を目的に、2012年5月から始まった氷川台自治会と南三陸町歌津寄木漁港の22名の漁師さんたちとの交流も7年7ヶ月になりました。2012年10月第1回被災者支援活動ツアーは4名の参加者に留まりましたが、以降参加者の大小に関わらず支援活動を継続した結果、2019年11月の第9回被災者支援活動は16名の参加協力者を得て実施しました。
 平成から令和に替わっても氷川台自治会と南三陸町歌津寄木漁港の漁師さん家族との「絆」はこれまでと変わることなく続いていきます。

                      氷川台自治会顧問 殿田 俊三

【東日本大震災復興支援】震災から8年7ヶ月“つながる”南三陸町歌津と氷川台自治会‼(その3)

南三陸町歌津寄木支援ツアー紀行
第3日目:11月6日(水):歌津漁港での作業支援とお別れ

最終日も素晴らしい天気。お世話になった民宿「ニュー泊崎荘」前で記念撮影した後、最後の手伝いに漁港に向かいました。

 朝日に照らされる穏やかな海

 常宿の「ニュー泊崎荘」玄関で

漁港では畠山鉄雄さんがひと仕事終えて待っていてくれました。

寄木と氷川台をつなぐ二人、畠山鉄雄さんと殿田顧問

風もなく雲一つない天気に恵まれ、漁港での作業も漁師さんも交え和やかな雰囲気が漂っています。

最終日の昼食は恒例の海鮮バーベキューです。

カキの浜焼き

ホタテの浜焼き

鮭のチャンチャン焼き

 他にもサンマの塩焼き、牛肉等のバーベキューを堪能しました。

氷川台自治会の訪問を喜ぶ漁師の奥さん達の弾ける笑顔

氷川台自治会で唯一8年間も交流を続けてきた殿田顧問は家族の一員になったように寄木の漁師さんたちに溶け込んでいます

漁師さんの代表から、今回の氷川台自治会訪問のお礼と、これからも我々を忘れずに機会があれば遊びに来て欲しいとの話がありました。

お別れの記念写真には笑顔が一杯の顔が並んでいます。

  またの訪問を約束して南三陸歌津漁港を後にしました。

    11月4日(月)から6日(水)までの2泊3日の被災地支援活動を無事に終えることができました。今回の寄木訪問は、氷川台自治会で中型バスをリースして会員が運転手を努めると言うスーパープレイで実現しました。お陰で16名という参加者が一台の車で格安に楽しい旅をさせて貰いました。何から何まで自治会の中の資源(人材)をフルに活用して地域の活性化を目指す氷川台自治化の凄さでした。
    漁師さんたちは言っていました。

もう支援物資も何も要らないから寄木を忘れないで欲しい。出来たらこの様に時々顔を見せに来て欲しい。と。

  来年は、元気になった自分たちが、今まで支援して貰った皆さんを招待したいと思っているとも話していました。
 来年の再開を約束して2泊3日の支援ツアーを終えました。

                          氷川台自治会

【東日本大震災復興支援】震災から8年7ヶ月“つながる”南三陸町歌津と氷川台自治会‼(その2)

南三陸町歌津寄木支援ツアー紀行
第2日目:11月5日(火):歌津漁港での作業支援と漁師さん家族との懇親会

    氷川台自治会のイベントは天気に恵まれるジンクスは南三陸町まで及ぶかの如く、早朝から素晴らしい朝日に迎えられました。

美しく穏やかな海が、2011年3月11日の大震災で20mの津波が発生し沿岸住民を襲ったとは信じられません。

    早朝8時に民宿から漁師さんが待つ寄木漁港に向かいます。

 

寄木漁港で漁師さんから作業内容を聞く参加者の皆さん。
今日は4か所に分かれて漁師さんの手伝いをすることになりました。

養殖に使うロープに着いたごみを取る

真剣な表情でマホヤの種苗がついたロープからごみを取り除いています。

     漁師さん達の朝は早く、船で漁に出る人は夜中から、養殖作業も夜明け前から始まり大体午前中で仕事を終えられます。我々手伝い部隊も午前中で作業を終えて「寄木・韮の浜地区集会所」に移動しました。
    そこには漁師さんの奥様達が用意してくれた海の幸たっぷりの昼食が用意されていました。

お昼のメニューを紹介
・ご飯はホタテ炊込みご飯の上にたっぷりのイクラがのった丼
・イワシたっぷりのつみれ汁。
・戻りカツオの刺身
・歌津湾でアワビを食べて育ったマダコの刺身
・こんぶと白菜の漬物

    あまりの美味しさに何杯もおかわりする会員続出でした。また、漁師さん達も今日の昼食は美味しいと唸っていました。

    昼食後は、本日のメインイベント氷川台の遊子「三遊亭遊子落語会」の開催です。昨年から氷川台自治会で応援を兼ねた「三遊亭遊子落語会」を4回開催している関係で、今回のボランティア支援活動への協力を打診したところ快く引き受けてくれ実現しました。

プロの落語家の喋りを楽しみに集まってきた漁師さん達

三遊亭遊子の出し物に笑い声の絶えない会場

噺の後は踊りのサービス「奴さん」

 会場に集まった漁師さん達は50人近く。防災移転団地(23戸)の殆どの住人が集まったことになります。三遊亭遊子の熱演に“こんなに笑ったのは久し振りだ…”の声が聞こえていました。
 2012年からボランティア訪問を通して漁師さん達と強い絆を築いた殿田顧問の主役の座を、初回訪問で完全に奪った三遊亭遊子でした。

 熱気に包まれた落語会が終わった後は、東久留米のケーキ工房シャモアから持参した和菓子とクッキーを食べながら懇親会を開催。

 「寄木地区 復興の歩み」パネルで震災後からの復興状況の説明を受けた参加者は、改めて災害の大きさと集団移転して現在に至るまでの大変な苦労を感じていました。

                           氷川台自治会

【いきいき倶楽部】「ぶらり街歩きの会」第1弾「谷中めぐり」ガイド付き散策♪

    今年4月に「氷川台自治会いきいき倶楽部」が発足し、「昼食会」「夕涼み会企画参加」「ゲートボールクラブ立ち上げ」「ハイキング会」等々順調に活動しています。そして、新企画「ぶらり街歩き」第1弾「谷中めぐり」が11月14日、実施されました。

   「ぶらり街歩き」は、氷川台を飛び出して、会員の興味を引くような街を、ぶらりと歩こうというもので、その第1弾として、「谷中めぐり」が選ばれました。企画は米澤・西村両世話人です。
9時過ぎに東久留米駅に集合した8名の参加者は、自己紹介をして、そして出発です。

 池袋で山手線に乗り換え、日暮里へ。日暮里駅でガイドさんと合流します。

NPO法人「東京シティガイドクラブ」谷中エリア担当のガイドさん、地図を配り今日の案内コースを説明してくれます

ガイドさんを先頭に、街歩き開始です

老舗のせんべい屋の前を通ります

    谷中は、江戸期には寺町として多くの寺院がありました。それは現在にも残され、何軒もの寺院が並んでいます。まずは、本行寺⇒経王寺⇒天王寺の順に巡ります。本行寺は「月見寺」とも呼ばれ、江戸時代の景勝地であり、古くは戦国時代、太田道灌の物見塚がありました。
   隣接の経王寺の門扉には、慶応4年(1868)の上野戦争で敗走した彰義隊兵士がかくまわれ、新政府軍に打ち込まれた銃弾の跡が、貫通した穴として残っていました。

 いったん寺町を離れ、狭い路地に入ります。「初音小路」の看板がありました。小料理屋や居酒屋が並び、人と人がすれ違うのに苦労するほどですが、屋根のついたアーケード風のこの路地は、知る人の多い人気のスポットだそうです。目的地へは少し遠回りのようですが、こちらのほうが楽しいでしょうと、ガイドさんが案内してくれました。この先もさらに曲がりくねった路地が続きました。

 路地を抜け、幸田露伴の旧宅跡を経て、天王寺へ。この寺は、幸田露伴の小説「五重塔」のモデルとなった五重塔が建っていたことで有名です。塔はその後心中事件で焼失してしまいました。また、天王寺は、現在の宝くじに当たる「富くじ」の興行(公開抽選会)が行われたことでも有名です。大きな興行は3か所あり、「江戸の三富」と呼ばれたうちの1か所です。

 明治期になり、10万㎡の境内敷地が政府に接収されて「谷中墓地」となり、その後、都営の「谷中霊園」となりました。

谷中霊園を散策

 

 霊園は、開園以来150年に及ぶため、歴史に名を刻んだ人々の墓が多くあり、そのいくつかを案内・解説してもらいます。それは、徳川第15代将軍慶喜・渋沢栄一・横山大観・鳩山一郎等々。
 霊園を出ると観音寺の「築地塀」に突き当たります。40mに及ぶこの塀は、幕末に築造されたそうで、都内にこれほどの規模で現存しているのは珍しいそうで、「寺町谷中」のシンボルの一つとして、台東区の「まちかど賞」を受賞し、現在は国指定文化財となっています。

 築地塀を過ぎると「朝倉彫塑館」の前へ、残念ながらこの日は休館日でしたが、ここは、明治から昭和にかけて活躍し、「日本のロダン」といわれた、彫刻家・朝倉文夫の住居・アトリエで、建物は国指定名勝・重要文化財に指定されています。もちろん、朝倉文夫の作品や遺品を展示する美術館でもあります。

屋根の上にも作品が

 少し進んで、「夕やけだんだん」に到着。坂にある40段ほどの階段は、夕焼けの絶景ポイントだということで、一般公募で「夕やけだんだん」の名になったそうです。

「夕やけだんだん」上で記念撮影、この後ろに夕焼けが映えますが、まだ昼なので残念

「夕やけだんだん」下でも記念撮影

 「夕やけだんだん」を降りると、そこは「谷中ぎんざ」です。100mほどの通りは、観光客でにぎわっていました。

 「谷中ぎんざ」を抜けると、そこは千駄木です。ここで、3時間を超える散策は終了です。

四川料理の名店「天外天」で昼食、帰途につきました

 散策を終わって、参加者の皆さんは、「プロのガイドさんの解説は、説明板に書いてないエピソードなどを話してくれて、興味深く見学できました」と、感想を漏らしました。それに意を強くした担当世話人には、次の企画が浮かんできているようでした。

                             氷川台自治会

【東日本大震災復興支援】震災から8年7ヶ月“つながる”南三陸町歌津と氷川台自治会‼(その1)

   震災から8年7ヶ月。11月4日から2泊3日で、氷川台自治会が被災地支援活動を続けている南三陸歌津寄木地区の漁師さん達の処へ、自治会会員、社会福祉協議会、FMひがしくるめからの参加者も含め16名で行ってきました。
   震災翌年から、春(養殖ワカメ収穫)と秋(養殖ワカメ種付け作業)の訪問を繰り返し、漁師さん家族と交流を深め、氷川台自治会と南三陸町歌津寄木地区の漁師さん家族との間には親戚以上の固い「絆」が出来上がっています。震災時の話を聞いて一緒に悲しんだり、励ましたり、夜は漁師さん達と酒を飲みながら笑ったり「あの人がこの人が」と知り合いも増えて一つの「大きな家族」になって来ています。震災翌年から始めた交流も今回で9回目の被災地訪問になり、その間に漁師さん家族が3回にわたり氷川台を訪問して来て東京見物を楽しんできました。

南三陸町歌津寄木支援ツアー紀行
第1日目:11月4日(月):氷川台自治会~南三陸町歌津寄木の漁師さん達のもとへ

 今回の参加者16名のうち初参加者5名のために常磐高速道路経由で南三陸町を目指しました。東日本大震災で被災した福島原子力発電所の放射能汚染で現在も続く帰宅困難区域の中通り、南三陸町の津波被害と違った放射能汚染被害の現状を知ってもらう目的でした。

中型バスで氷川台を出発

福島県内に入ると中間貯蔵輸送車両ダンプの行列で走行速度も70㎞/hに規制されています。

車窓外には放射線量を示す表示板が、現在の放射線量を表示しています。

大型ビニールハウスだったようですが、8年7ヶ月の風雨に曝されて無残な姿になっています。

朝7時30分に氷川台を出発した一行は常磐高速道路で福島原発放射能汚染被害を目のあたりにして、13時30分に南三陸さんさん商店街(南三陸町復興シンボル)に到着しました。

皆さんが楽しみにしていた昼食場所。南三陸さんさん商店街。

三陸の海の幸が並びます。

   東日本大震災で町の職員ら43人が犠牲となった宮城県南三陸町の防災対策庁舎は、鉄骨の補強や塗装がされ、河川堤防や仮置き場の土砂に囲まれて、赤茶色の骨組みの頭部だけが見える状態でした。

【参考】
2012年に支援活動を始めた時に立ち寄った防災対策庁舎の姿。

「南三陸さんさん商店街」思い思いの三陸の幸を堪能した後、バスは15時頃に漁師さんたちが待つ防集移転団地内の「寄木・韮の浜地区集会所」に到着しました。大勢の漁師さんたちの出迎えを受けた中で、特に殿田顧問は抱き合ったり肩を組んだりと久し振りの再開を喜んでいました。

宿舎に向かう前に漁師さんたちのホームグランド「寄木漁港」に立ち寄り、畠山鉄雄さんから氷川台自治会と漁師さん達との「絆」について説明を聞く参加者。建っているのが荷揚げ用のクレーン。銘板を覗き込む会員

【参考】 寄木漁港に荷揚げ用クレーンが設置された経緯を伝える読売新聞記事(2015.3.25 朝刊)

【クレーン基礎の銘板】 寄木漁港クレーン設置事業寄付者名簿「東久留米市 氷川台自治会」

いつもお世話になっている民宿ニュー泊崎荘に到着

毎度のことながら、夕食のテーブルには食べきらないほどの海の幸を前に今日の旅を振り返りながら楽しい食事でした。

13品の豪華な海の幸

 今回始めて作業支援活動に参加した方々は、早朝から漁港で作業手伝いをしたり漁師さんの話を聞いたりして養殖作業の一部を体験しました。また午後から「寄木・韮の浜地区集会所」での昼食会や落語会・懇親会で漁師さん家族と沢山の話をして、2012年から続く氷川台自治会と寄木漁師家族との「強い絆」をあらためて認識しました。
                                                                                         氷川台自治会

【いきいき倶楽部】第7回秋のハイキング会~天覧山から高麗峠・高麗神社へ♪

    11月8日(金)第7回春のハイキング会を実施しました。今回も絶好のハイキング日和に恵まれ、参加者9名が東久留米駅に集合しました。

東久留米駅の改札口を入ったコンコースからは、雲一つない晴天に、富士山もくっきりと見えます

 東久留米を出発して1時間、飯能駅に到着。飯能の街中を15分ほど歩くと能仁寺に到着。ここが天覧山の登山口です。

まずは、能仁寺をお参りして、登山開始

能仁寺を過ぎると、すぐに登山道になります

徳川5代将軍綱吉の生母桂昌院が寄進した十六羅漢の石像を過ぎると、間もなく頂上です

 氷川台自治会いきいき倶楽部・ハイキング担当の清水世話人は、もう少しきついコースを提案したのですが、前回の「琴平ハイキングコース」が意外にきつかったことから、前回参加者から「きつい」との声がありました。登山家である清水世話人はこの声を受けて、しぶしぶコースを変更、この天覧山コースになりました。

今回の最高峰?天覧山山頂で記念撮影

頂上の眺望はすばらしく、東久留米駅で見たのと同じ富士山がくっきり見えます

 山頂から少し下ったところにある開けた広場のベンチで、早めの昼食です。山男の清水世話人が沸かしてくれた、入れたてのコーヒーが振舞われました。

2か所のテーブルで昼食

 十分に休息を取り、第2のピーク・高麗峠を目指します。緩やかな登りを進み、間もなく到着しました。

高麗峠で記念撮影

 高麗峠を下り、高麗川に到着。ここで山道は終わりです。高麗川にかかる沈下橋を渡ると、そこは巾着田です。

沈下橋には先日の大雨で氾濫した川の名残の流木が引っかかったり、のし上がったり、足を取られないように気を付けて渡りました

巾着田には、曼殊沙華はもう咲いていません、株の周りには川の氾濫で流れ寄せた木の枝などが絡まりついており、大雨の威力を感じさせます

 今回のハイキングポスターのコース案内には「余裕があれば高麗神社へ」とあり、参加者全員が、余裕あり・まだ昼を過ぎたばかりということで、行くことになりました。巾着田から高麗神社までは2キロ弱ということでしたが、平坦な舗装道路を、行けども行けどもなかなか到着しません。皆さんへとへとになって、やっと到着しました。

高麗神社

高麗神社の不思議な扁額、1.300年前に、唐・新羅連合軍に敗れた高句麗の貴族や僧侶が移り住んだという高麗郷の由来を物語っているのでしょうか

神社の裏には、高麗神社の神職「高麗」家の住んでいた茅葺の立派な家が保存されていました、400年前のものです

 高麗神社でゆっくり休息し、JR高麗川駅へ、八高線で東飯能、徒歩で飯能と乗り継ぎ、帰途へ着きました。

 今回も「自治会のイベント日は晴れ」のジンクス通り、快晴に恵まれました。コースも、高麗神社は少々遠かったけれど、「きつい」という愚痴もなく、変化に富んだものでした。参加の皆さんも常連+新加入のバランスが良く、前回と同じ9名と、まとまりのよいクルーでした。

                           氷川台自治会

【地域コミュニティ・協働】「社会福祉法人・事業所が地域を知り、地域とつながるためのセミナー」で「ライフパートナーこぶし・氷川台自治会」の協働事例を報告!!

    11月7日(木)午後、ベルナール九段Room4において「社会福祉法人・事業所が地域を知り、地域とつながるためのセミナー」が開催されました。

    これは、東京都社会福祉協議会・東京都地域公益活動推進協議会が主催するものです。社会福祉法により、社会福祉法人は「地域における公益的な取り組み」が責務とされ、各法人の取り組みは広がりを見せていますが、一方では「地域のニーズをつかめない」「地域とどのようにつながればよいのか」との声も聞こえることから、協議会によりこのセミナーが企画されました。

広い会場には、社会福祉法人に関わる大勢の関係者が参集しました

    セミナーの第1部は、長年「地域福祉・福祉への住民参加」の実践と研究を続けている、ルーテル学院大学大学院・和田敏明名誉教授が「地域とは、地域とつながるためには」と題して講演。
第2部は、都内にある社会福祉法人から3法人を選び、それぞれの地域で実践している公益的な取組みを報告するものです。それぞれの法人の報告にはコメンテーターとして、和田名誉教授が参加し、各法人の事例報告ごとにいくつかの質問と、簡単な批評をしてくれます。

講演講師・実践報告コメンテーターをつとめた和田名誉教授

セミナーの講演・実践報告のレジュメ表紙

    3法人の1つに選ばれた「社会福祉法人・龍鳳 ライフパートナーこぶし」はトップバッターとして実践報告をします。法人の佐藤和幸・経営本部長が「誰もが笑顔でずっと暮らせるまちに~地域住民と福祉施設が取り組む住みやすいまちづくり~」と題し、ライフパートナーこぶしが氷川台自治会に入会してからの9年間の、自治会との協働による取り組みを事例発表しました。

事例発表をする佐藤・経営本部長

    パワーポイントの映像を交えての報告では、【2011年】騒音問題で近隣に謝罪の日々を送る中で、自治会加入の誘いを受け入会したことが、地域(自治会)との関わりの始まりとして、【2014年】自治会主催のイベントに参加開始(施設で作った焼き菓子販売等)し、さらに災害時相互協力開始(災害時支援協定の締結)、【2017年】コミュニティバス運行開始(車の提供⇔運転手の提供)、とお互いの需要と供給の「いいとこ取り」をして、おぎない合い、関りから協働へと発展した経緯を解説しました。

報告の1画面

報告の1画面

 佐藤・経営本部長の報告後、これらの取り組みの氷川台自治会サイドからの観点を、自治会馬場会員が補足説明し、「自治会内にライフパートナーこぶしがあったことは、自治会にとって幸運でした」と締めくくりました。

氷川台自治会・馬場会員の補足説明

 発表後、コメンテーター・和田名誉教授から、「施設と地域が力を出し合い、よく考えて協働企画として進めており、すばらしい活動だと思います」との評価をいただき、参加者からもおおきな拍手をいただきました。

                                                                                    氷川台自治会