【高齢者対策】自分たちが住むまち、東久留米をもっと知ろう!いきいき倶楽部“まちあるきの会”発足‼

   今年4月に「氷川台自治会いきいき倶楽部」が発足しました。自治会の65歳以上の会員相互が「支え合い・助け合い」の活動組織を自ら創り、地域のニーズに応じた様々な活動を展開することで、高齢者の生きがいと健康づくりを進めるための活動を開始しました。倶楽部は既に、2度の「昼食会」「夕涼み会企画参加」「ゲートボールクラブ立ち上げ」と順調に活動しています。気持のよい季節になった10月24日「まちあるき」が行われました。「身近なのによく知らないところを、もっと知ろう」と企画されました。小手調べの初回ということで、氷川台から最も近い、5か所の史跡を巡る1時間半ほどのミニコースです。
   参加会員16名は、自治会の本拠地・小山台遊園に集合し、西武鉄道を越えた小山地区の

     小山茶園⇒小山台遺跡公園⇒子ノ神社⇒大円寺⇒力石

を巡ります。

歩きなれた町内を進み踏切を渡ります。

「小山茶園」は、氷川台からは、直線距離なら100メートルもありません

      もともと茶畑の多かった東久留米市に残る数少ない茶畑で、市の管理下、有志の団体「小山茶園サポーターズクラブ」が栽培し、毎年夏前に収穫、製茶しています。こんなに近くでも、「初めて見た」という人もおりました。かわいい白い花も咲いていました。

咲いていた茶の花

    5分ほどで隣接の「小山台遺跡公園」へ。2万年前の旧石器時代から、人々が生活していたことが知られています。1970年の発掘調査では、縄文時代中期(約5千年前)の住居跡が3軒発見され、大きな縄文ムラがあったことも明らかになりました。崖下には黒目川が流れ、近くには湧水も出ていた暮らしやすい場所だったのでしょう。
復元された竪穴住居の前で、案内・解説係の馬場世話人が、30年前、近隣の工事現場から転がり落ちた土器片を、参加者に触ってもらいながら、元の器に似た縄文土器の写真を示して説明します。
また、現在は小山台遺跡公園と氷川台自治会は西武池袋線を挟んで分断されていますが、西武池袋線が建設される前は小山台遺跡公園も氷川台自治会も地続きで同じ台地(雑木林)に位置していました。以前には氷川台自治会で住宅が建設される際に縄文土器片が出土したこともあるそうです。

復元された竪穴住居前で    右下が近隣出土の縄文土器片(長さ6㎝)

 さらに隣接の「子ノ神社」へ。関ケ原の合戦(1600年)、のころの創建で、大国主命を祀っています。普段はほとんど参拝客がなく、森閑としていますが、元日には、初詣客に甘酒がふるまわれてにぎわうと、参加会員が体験を話してくれました。

子ノ神社拝殿。200年前に建立、明治期に2度修復

    黒目川まで下って「大円寺」です。9世紀初期、円仁が創建したという天台宗の古刹です。この寺には「旧下里村」の秩父道(現・所沢街道)沿いにあった「庚申塔」等の石塔が移築されています。中でも「ゴリゴリ馬頭」は有名です。馬頭観音は馬の供養や交通安全を祈願した石塔で、これは道標も兼ねており「板橋五里・八王子五里・川越五里・四谷五里」の銘文が刻まれていることから『ゴリゴリ馬頭』と呼ばれています。

「ゴリゴリ馬頭」の説明

集合写真

    最後は、黒目川を少しさかのぼった道端にある力石です。「曲橋・中橋・落馬橋」三橋の石橋供養塔があり、その下に3つの力石があります。農村の若者が祭などで力比べに使ったものです。いちばん大きな石は45貫(170㎏)あり、石に重さが刻まれています。
    こんな伝説が・・・昔、この大石を背負って坂を上り下りした者にこの石をあげようという話になり、力自慢の徳さんが見事実現、以来「徳さんの石」と呼ばれたと言うことです。
   力石を知っていた人は多くなく、車止めだと思っていたという人もおりました。

「力石」、自動車が頻繁に通る変則十字路沿いにあるため、力石の両側に寄って説明を聞きます。

 見学を終わって、参加者の皆さんは、「遺跡や寺社の存在は知っていたが、詳しい由来等は初めて知った」と口々にしました。まずは有意義な企画だったといえるでしょう。終了時に出た意見を生かして、今後は、「昼食会」を取り入れるなどして、自分たちの住む東久留米のことをもっと知るようにしたいと思います。
                  

                                                                                           氷川台自治会